●ソウルと繋がりながら考えるという話。

考えるな、感じろ。

 

という言葉もありますが、それは一理あります。

 

しかし、すべてでもありません。

 

 

以前の私は、考え過ぎていました。

 

その考え過ぎという状態は、恐れや不安から引き起こされていました。

 

恐れや不安を中心に、私の思考は回っていたのです。

 

これから必要なお金のこと、今がどんなに良くてもいつか彼に捨てられるかもしれないということ、今は健康でもいつか病気になるかもしれないということ、結婚して幸せになれないかもしれないということ、そして、いつか死ぬのだということ。

 

事実ではないことや起こってもいないこと、考えても仕方のないことを憂い、恐れや不安を抱えていました。

 

恐れや不安を軸とした思考には、何も生み出せません。

 

ただ、恐れと不安を増殖させるだけです。

 

その回路はどこかで断ち切らなければ、終わりはなく、ただ「どうしよう。不安だ。怖い。」とグルグル回るだけなのです。

 

 

この恐れと不安を手放して考えることが、本当の「考える」ということになります。

 

「考える」という状況にたどり着くまでに必要なのが、「感じる」ということなのだと私は思っています。

 

 

考えることを一旦止める。

 

自分の抱える恐れや不安を認め、ただ感じてみる。

 

そして、手放す。

 

 

何も考えず、ただ目を閉じてみる瞑想は、この作業をするのに良いかもしれません。

 

手放すことが難しいようでしたら、リーディングやヒーリングも良いと思います。

 

 

私が自分のソウル(魂)と会話をするようになった始めの頃、よく言われました。

 

「恐れや不安は手放しなさい。持っていても何にもならない。」

 

そう言われて、とにかく自分自身にヒーリングをし、自分の気持ちをクリアにすることをただひたすらしていきました。

 

自分が心地よいと感じる状態を探り、ただただ感じていきました。

 

そうすると、胸の辺りにスーッと心地の良い空間ができ、頭であれこれ考えていたことをがピタリと止みました。

 

これが「感じる」ことが必要だということなのだと思います。

 

 

では、「感じる」ということだけで、この人生を進めていったらよいのか、という疑問が起こります。

 

自分が感じる心地よい状態をただただ探求し続け、自分が気持ち良いと感じることだけをやっていったらよいのか。

 

それならば、人間に生まれてくる必要はなかったのではないかと私は思うのです。

 

なぜ、人間に知恵が授けられたのか、そのことを忘れてはいけないのです。

 

「ソウルと繋がりながら考えることが大事なのだ」と私のソウルは言います。

 

恐れや不安という霧に囲まれている状態で考えるのではなく、晴れやかな空の下で、気持ちの良い風を感じ、心地の良い陽気を感じるように、クリアな視界を持って考えなさいと。

 

それがソウルと繋がりながら考えるということだと。

 

「考える」ということは人間に与えられた能力であり、「考える」ことから英知は生まれます。

 

「考える」ことで、悩みや困難にぶつかることもありますが、それは人間に与えられた成長する機会であり、乗り越えた時に得られるものには非常に大きな価値があります。

 

クリアな視界で「考える」先に得られるものは、天から与えられたプレゼントのようなもので、その「考える」ことを手放すのはあまりにももったいないと私は思うのです。

 

だからこそ、恐れや不安を手放すという作業は重要であるのと同時に、非常に難しいことであるとも感じています。

 

なぜ難しいのか。

 

一つは、恐れや不安を握りしめていることに本人が気づいていないということ。

 

もう一つは、恐れや不安を握りしめていることで本人が得をしていることがあるということ。

 

この2つの理由は、心の奥深くの部分、時には幼少期や過去世にも繋がることであったりします。

 

どちらの理由であっても、本人が手放すことを望めばいつでも手放すことが出来ます。

 

手放すと望めば、です。

 

私自身にも、いまだに自分で気が付いていない恐れや不安はまだ残っているのだと思います。

 

すべて手放したいと思ってはいますが、一つ一つ読み解いていくことで、学ぶこと気づくこともありますから、残りの人生の中でそのことを楽しんでいきたいと今は思っています。

 

それが、人間に与えられた「考える」という能力であり、その先に得られるものはプレゼントなのですから。