●闇をも愛す、許すから愛せるという話。

ここのところ、自分のために瞑想というのものをあまりしていませんでした。

 

特に意味はないのですが、年末年始というなんとなく気忙しい時期というのもあったのと、立て続けにヒーリングのお仕事が入っていたのとで、自分のためという感覚が抜けていたのかもしれません。

 

久しぶりに自分のソウルに改めて聞いてみたいことがあって、今の自分にとって何か見る必要なものがあれば見せてほしいとお願いをして、瞑想というかチャネリングというか、とにかく目を閉じて始めてみました。

 

私はそんなにバンバンといろんなものを見るというタイプではなく、どちらかという会話という形式になるか、情報として自分の中に入ってくるという感覚が多いので、目を閉じても真っ暗なままで、ただとても気持ちの良いエネルギーが流れて、そのままヒーリングを受けているみたいに寝てしまうということもあります。

 

特に何もないなら別にいいやと思っていました。

 

それからほどなくして、真っ暗な状態から、何か見えてきました。

 

以下は見終わってから、忘れないよう、すぐに書いたものです。

 

そのまま載せます。

 

 

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光の筋のようなものを見ていた。

 

何か心地よい気分で

 

これから美しい景色が広がっていくのだと思った。

 

でも、違った。



急に、たくさんの黒光りする筋が現れ、

 

それはまるで生きている大きな虫のように

 

動き出した。



時折、黒味を帯びた赤い点がいくつも見え、

 

一見、恐ろしく気持ちの悪い妖怪のようだ。



その存在は、どんどんと大きくなり、

 

私に覆いかぶさるかのように広がっていく。



昔の私なら怖くて、恐ろしくて、

 

この時点で目を開けたと思う。



でも、この世には良いも悪いもなく

 

怖いものだとないのだと

 

自分に言い聞かせ、

 

この恐ろしく見える存在は

 

決して私を痛めつけないのだと思い、

 

そのまま目を閉じ続けた。



次第にその存在は、

 

屋根を付け抜け

 

細長いはしごのように

 

上へ上へと伸びていった。



やがて、その背の高い長細いものは、

 

そのまま後ろに折れ曲がり、

 

私には倒れこんでこなかった。



後ろに折れ曲がったその存在の前には

 

たくさんのカラフルなプラスチック製の

 

大きなお弁当箱が積みあがっていった。



ん?なんだこれ?

 

意味が分からなかった。



意味が分からなさ過ぎて

 

ここで自分のソウルに話しかけた。



「日常には闇が潜んでいる。

 

隠しながら生きることもできる。

 

でも、あるものをないものとして振る舞えば、

 

そのひずみはいつか出てくる。

 

闇は恐れるものではない。

 

闇があるから光があるのだ。

 

闇をも愛しなさい。

 

受け止めなさい。」



ここで、瞑想に終わりがきた。



お弁当箱は日常を表していたんだ!と

 

ここで気づく。



人間は闇の部分を恐れすぎることで

 

無かったことにする。

 

無かったことにして

 

何かキラキラしたのもので覆い隠す。



でも、覆い隠されたものは真実ではない。



真実でないものは

 

いつかひずみが出てくる。



真実がどんどんと浮彫になってきている

 

今の時代だからこそ

 

必死に闇を隠そうとする作業に拍車がかかる。



キラキラキラキラさせようと

 

必死にいろんなもので覆い隠す。



でも、覆い隠すことを止めたら、

 

もっと透明で身軽な真実が出てくる。



ベールをはぎ取ることは

 

闇をも愛すということ。



それが簡単なようで

 

実はとても難しい。



闇に染まるのではなく

 

闇を許す。



自分の中にある闇も

 

他人の中にある闇も。



許すことで愛せる。



そして、光が射す。



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愛しているから許せるのではなく、許すから愛せる。

 

魂の部分では理解出来ていても、人間的な部分で完全には受け入れ切れていない自分がいると感じたのでした。