●女性が目覚め本来の役割に気づくこと、そして、自己肯定ではなく自己許容の時代へ。

 

奈良県明日香村へ、お逢いしたい方に会うため行ってきました。

 

個人的には飛鳥時代の歴史もわりと好きで、母とも旅をしたことがあります。

 

私の中では、逢いたい方に会うというのが一番の目的だったのですが、どうもそれだけではないことが直前にわかりました。

 

ちゃんとエネルギーのお仕事がありました。

 

それについてはまた別の記事でお話ししようと思います。

 

飛鳥時代の歴史を感じるこの土地を観光しようと思うと、一日では到底足りませんし、いろいろ見て回ろうと思うと、車か自転車が必要です。

 

私は駅で自転車を借りて、一人サイクリングの旅を楽しみました。

 

電動アシストの自転車なんていらないわ!と思っていましたが、坂道が多くて、やっぱり借りてもよかったかも・・・なんて、ちょっと弱音も吐いたり。

 

とりあえず、高松塚古墳の方に向かい、その場所で少しその土地の神様のような方に、とりあえずどこに向かったらいいか聞いてみました。

 

「石舞台古墳に向かえばいいんですよ」

 

実は、明日香村に来る前に、別の場所でも同じことを言われたのですが、ここは見どころもたくさんあるし、他の場所かもしれない、と思ったので、聞いてみたのです。

 

これは素直に石舞台古墳に向かおう、そう思って、また自転車をこぎました。

 

途中、左手に小さな丘が見えました。

 

天武天皇・持統天皇陵です。

 

母ともここにきたなぁと思いながら、前に来たから寄らなくてもいっか、と思ったのですが、やっぱりなんか気になるので寄ってみることにしました。

 

そこは、確かにお二人と繋がる場所でした。

 

そこで聞いたお話を忘れないように、すぐにスマホで簡単にですがメモを取りました。

 

そのメモの内容は以下です。

 

 

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女性が目覚め、古来から受け継ぐ本来の役目に気が付くこと。

 

私たちの時代にはまだそれがかろうじて出来ていた。

 

それは、男性、女性、どちらが偉いかという競争的なものではない。

 

役目が違う。

 

だから、女性が男性と同じことをするというものでもない。

 

 

自分のすべてを肯定するような自己肯定の時代ではない。

 

良いも悪いもすべて自分であることを認める。

 

自己許容の時代。

 

許容することから人間は変化することができる。

 

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このメッセージをどう受け取るか。

 

まさしく今の自分にも当てはまることで、これらのことをどう自分で解釈するかが、今後の自分に大きく影響するような気がしました。

 

受け取ったメッセージは、いかようにも解釈できるわけで、解釈の仕方が大事なのだと思います。

 

今の時代は、女性性の時代であるというようなことをよく聞きますが、確かにそうなのだろうとは思います。

 

ただ、それは女性性=女性のセクシャリティということではないのではないかなと思うこともあります。

 

それは、全面的に否定をしているということではなく、ほんの一部分的なものであり、セクシャリティというのは、人間の生きる基本中の基本の欲や原動力です。

 

それは、エネルギー的なことを言えば、地に根を張って生きる(グラウンディング)のに大事な第一チャクラの部分のことであり、そこを無視して生きるということは到底できないことです。

 

その大事な部分を今まで軽視していたのであれば、改めて向き合うということは必要なのかもしれません。

 

でも、その部分に浸っていても、本来の女性が女性として生きるということからは、遠のいていくのではないでしょうか。

 

身体を持って生きているからこそ、重要な部分ではあるのですが、それはあくまでスタート地点にしか過ぎないのです。

 

では、女性本来の役目とは何か。

 

それは男性と同じことをするということでもなく、男性よりも女性の方が勝るとか、そういうことでもない。

 

女性は女性としての固有の役目があるということです。

 

これがどういうことなのかは、それぞれが考えることなのかもしれません。

 

さらにもう一つのメッセージ「 自己肯定ではなく、自己許容の時代へ」というのは、どういう意味だと思われますか?

 

「自己肯定感」という言葉をよく耳にしますが、自己を否定して生きる癖が多い場合、有効な考え方だとは思うのですが、「肯定」という言葉がある以上、そこには真逆の「否定」という言葉がいつまでも付きまといます。

 

そもそも、肯定や否定というジャッジが必要なのか、と思うのです。

 

陰陽は、どの世界にも必ずあります。

 

圧倒的な光の中にも、必ず闇があります。

 

それは否定のしようがないのです。

 

それをいつまでも、無理に塗り替えようとしても到底無理なのです。

 

人間とは、この世界とは、そういうもの。

 

そう受け止めることで、「許容」という意識が生まれます。

 

すべてを肯定しようとすると、葛藤も起こります。

 

そこから苦しみも生まれます。

 

肯定がある以上は、否定もあり、そうすることで他者を攻撃する可能性も存在します。

 

「自己許容の時代」

 

このことを本当の意味で理解し、受け止められた時、この世界は大きく変化していくように思います。

 

そして、今の私にも当てはまるのです。